星が降り注ぐ午前2時 ①

女としてどうなんだ、っていう行動をしているのは分かっている。自覚している。そこまで堕ちてはいない。けれど、自覚をしているくせにその行動を続けている私は何とも悲しい人間だ。
「げっ、今日小テストあるじゃん」
グレーのリュックをおろして、ボルドーのマフラーを外すと現われる金髪のショートカットを揺らしながら丸野は濁った声を出す。
「先週の授業で先生言ってたじゃん。小テストやるって。しかも論述」
「え、論述!?」
「でも持ち込みありだから何とかなるでしょ~ レジュメもあるし」
「ええええ!?持ち込みあり!!?なのに論述!!!?」
「持ち込みありで穴埋めだったら、みんな今必死じゃないって……」
私たちの周りに座っている学生の複数人は今必死に机とにらめっこしてペンを動かしている。
そうだ、論述式の小テスト。最低字数は指定されていて、尚且つそれは課題内容と共にしっかり先週発表されているから、あらかじめ文章をまとめておかないと時間内で書き終えることができないという事態に陥る。
字数も課題も発表されている論述試験。かなり甘いけれども、その分評価はかなり厳しい。そりゃ当然か。
「ま、レジュメがあればある程度は書けるでしょ~」
「栞……私の授業態度をいつも隣で見てて言ってる……?」
「……空欄書きこんだやつあるよ」
「神様仏様栞様!!!!ありがとう!!!」
青色のクリアファイルからこの授業で毎時間ごとに配布される書きこみ式のレジュメを取り出して彼女に渡す。「ここと、ここは必ず出すって」と重要箇所を指摘しながら。
丸野、こと丸野知里とは大学で知り合った。同じ学部で同じ学科。それに加えて名字が真矢と丸野で学籍番号が近いこともあって大学で一番仲の良い友達だ。
そんな丸野は一言で言うと社畜だ。授業がないときはいつもアルバイトをしている。しかも居酒屋とコンビニで掛け持ち。稼いだお金はすべてヴィジュアル系バンドに貢がれていく。
バイト、バイト、バイト、ライブ、バイト、バイト、ライブ……というような生活をしているため、授業時間は彼女の睡眠時間になる。
この授業は先生がパワーポイントを使って説明していく一方、学生は配布されたレジュメの空欄箇所に当てはまる大事な単語や説明を書きこんでいく授業形式。当然睡眠の世界にいると訳が分からない。手元に残るのは空欄ばかりのレジュメ。説明が一切ないから何のことやら。今の丸野もこんな感じだ。
「……え、あれ。今気づいた」
ふと言葉を漏らした丸野。その視線の先を辿ると、彼。
「ああ、本当に今更じゃん」
あはは、と笑いながら昨日作成した自分のカンニングペーパーを確認する。
こちらの視線にまったく気づかず、友達と焦っている彼。どうせ丸野と同じく授業中寝ていてレジュメがレジュメの意味を成していないのだろう。半年前だったら、ここで助け船を出したけど、今は違う。
もう私と彼は、他人だからだ。
「そっかあ。でもそんな淡々とするくらい吹っ切れたならよかったじゃん」
これは吹っ切れたと言って、いいのだろうか。
「……うん」
<―――はい、じゃあ静かにして>
いつの間にか壇上にいた先生がマイクを通してこれから行われる小テストの説明を始めた声に、私の小さな相槌はかき消された。

小テスト。解答できた人から開始30分後に退室可。
カンニングペーパーをしっかり用意していた私は退室許可が出るとすぐに答案用紙を提出して教室を出た。次の授業まで1時間強。今日の授業これが最後だったらもう帰れたのに。……まあ、一人暮らしの家に帰っても暇だから授業があってくれたほうが実は嬉しい。
家に1人だと、いやなこと、思い出すし。
大講義室前にある自販機で温かいココアを購入して、近くのベンチに座って丸野を待つ。
次の授業も丸野と一緒だ。次で使う教室も今はまだ3限の授業の途中だろうし、ここで丸野を待っていた方がいい。
念のため、丸野に「教室前で待つ」というメッセージを送信して、暇つぶしにSNSをチェックする。タイムラインには確実に授業中と思われる同級生のつぶやきだとか、好きなアーティストの最新情報だとか、たくさんの情報であふれている。
その中で見つけたのは。
数人の男女が写っている写真。同じお揃いのパーカーを着てポーズも揃えて。本文には“newパーカー”の文字。
その写真の中には、先ほどの彼もいた。
っ、……うっとうしい。
ああ、私が1年前まで居た場所。私が1年前まで好きで、大切に思っていた場所。
ガチャとドアが開く音がして、丸野かと思ってスマホから顔を上げれば、
「っ、」
「!」
お互い目が合う。

ああ、なんでこのタイミングで。
「おっ 栞じゃん。久しぶりだな~ 元気してるか?」
彼の後ろから顔なじみの先輩がこちらに気づいて声をかけてくれる。在籍中はよくしていただいた先輩だったから無視はできなくて。黙って目を逸らすこともできなくて。
「っ、おつかれさまです。将生さん、…きょーすけさん」
何もなかった。私は円満に引退したのだ。
彼ら3年の先輩より先に、私は自由になったのに。いまだにしばられる繋がり。
「……おつかれ」
彼はぶっきらぼうに返事をしてスタスタと階段をおりていく。将生さんも私に「おつかれ〜」と軽やかに手を振ってそのあとに続いて行った。
彼がぶっきらぼうなのは今にはじまったことではない。はじめて会ったときからあんな感じだ。これが通常運転。
それでも、……私と彼の間に一時期恋人関係という繋がりがあった以上、あのぶっきらぼうには気まずさしか感じない。
……ああ、もう。なんで今なんだ。
ぎゅ、とスマホを握りしめる力が強くなる。
それとほぼ同時にスマホのバイブレーションが振動する。通知画面を見れば。……こっちもこのタイミングか。

 

 

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