星が降り注ぐ午前2時 ⑥

---最初はただの言い訳作りと時間潰しだった。

周りの同僚からの合コン圧。上司からは縁談の持ち込み。いや、俺そこまでしてもらうほど優秀じゃないし。ていうか仕事にプライベートは持ち込みたくない派なんで会社繋がりのご縁だなんてまじ勘弁。会社関係で知り合った人と家庭を持つ、なんて面倒なことは絶対しない。まあ、出世狙いの野心家であれば飛びつくうまい話だろうけど。

だから適当に「彼女がいる」と吹聴していたのだが、飲みの席での同僚からの「結婚しないの?」質問に具体的な彼女の年齢、日取りを追及されても困ると思い「……まだ学生だから」と返してしまったことが運の尽き。

「えっおまえ学生に手出してんの?!!」

「あーーー…………うん、そう。大学生です。成人してるからまじであらぬ噂立てないでくださいよ。そういうリアクションまじで面倒だからここだけの話にしてくださいよ!」

ああ、嘘で嘘をどんどん塗り固めていく。

「やっぱ北条はまだ結婚したくない感じ?元カノと別れたのも結婚圧に耐えきれなかったからだろ」

アルコールが入っていることもあって普段よりも饒舌になった同期入社の中で最も親しい営業の内村から緻密な情報をべらべらと暴かれてしまう。

シラフなら絶対こんなこと言わないだろううっちー……貴様酔ってるな………アルコールよ………くそ…………

「え、そうなん?学生と付き合ってんのも元カノの影響?」

「あーー………まあ、うん。元カノは大学の同期で3年生からの付き合いだったんすけど、彼女は24歳までに結婚したいと学生の頃からずっと言ってて……でも、24歳イコール入社2年目の年に結婚って実際就職して自分のことでいっぱいいっぱいだった時期に結婚というワードを酸っぱく聞かされるのがしんどかったんです。まだ貯金もそこまで十分あるとも言えないし彼女を幸せにできるって断言できない時にそれはプレッシャーだったので。だから新卒1年目の研修期間に別れました。そしたら3ヶ月後に共通の友人から5歳年上の人とスピード結婚することを聞きましたよ」

「うおお………女性こわっ」

「まあ彼女だって就職した途端に結婚!って言葉を口にしたわけじゃなく、学生の頃からずっと理想を口にしていたから俺にだって準備する時間はあったわけですよ。だけど俺は遠い先の話だと他人事だったからそんな準備をすることもなく、男友達との遊びに夢中だったから、ただタイミングと……よく言う価値観の違い?ってのでうまくいかなかったんだと思います」

というより、たぶん俺が元カノにしっかり向き合ってやれなかったのが1番の要因だと思うけど。

だから当分結婚はいいし、それを連想させるような相手と付き合うことも、そういった話をされることもしばらくはごめんだった。

しかし、今年に入ってから同期や学生時代からの友人が怒涛の結婚ラッシュを駆け抜けていくとそうはいかない。周りが置いていってはくれない。

「ていうか、その学生の彼女の写真ないの?見せてよーーかわいい年下の彼女ーーーー」

「いや無理無理。勝手に写真見せたら彼女怒るし。どうせ見せるなら彼女も自信ありなやつにしてあげたいし」

「えーーじゃあ俺来週から出張だし、次の飲みまでに許可もらってゆっくり見せてーーー」

「えーーー」

「楽しみにしてるぞ!」

強く断れなかった。まあ、酒も入ってるし、今日金曜日だし。次の出勤の月曜日には忘れているだろ。

………と、思ったのが甘かった。

 

「なあ、おまえの彼女から写真おっけー出た?」

「………」

翌週、出社して早々にでかいスーツケース片手に出社してきた同僚にそんな言葉を告げられる。

げんなりした表情になりそうな直前で意地でも口角を上げる。

「……悪い、飲みでそんな話したっけ?」

「したしたー!なに、珍しいなおまえが記憶なくしてんの」

「………あはは、疲れてたのかも」

「俺もうすぐ出るし、次の飲みだったらどうせ月末だろ?その時見れるの楽しみにしてるからなー!」

文字通りルンルンな状態で自分のデスクへと直行していった同僚は必要書類を確認して文字通りすぐ半月程度の出張へと旅立っていった。

……これはまずいことになった。自分から蒔いた種だが、いない彼女の写真を用意しなくてはならない。しかも、大学生の成人している彼女。

同世代なら大学の女友達に頼み込んで写真くらいなら用意できるが、結婚の話を回避したくて話に出した彼女の存在だ。同世代なんてもってのほか。

女友達の数年前の大学生の頃の写真……いや服装や写真の画質で時代が出る。そもそも女友達にそれを頼むこと自体、仲間内で酒の肴にされる。話題になるのは確実。それはまじ勘弁。

しかし年下女子の知り合いなんかいない。大学生という若々しさを出せるような年下………大学のサークルの後輩も1つ下ならまだしも、今年社会人なりたての2つ下にがっつりこんな願いを申し出れるほど仲の良い絡みはない。

困った。誰か大学生、悪用しないと誓うから写真を貸してくれ。いや、彼女の写真として偽って使うから悪用満載か……………

そんな勢いでマッチングアプリに登録した。

22歳あたりは次の新卒入社がいたら困るし、まだ結婚も遠そうな大体20〜21歳あたりで……、ってそんなフィルターかけて検索している自分がその辺の若い子好きなえろじじいたちと同列なことをしている事実に吐き気がしそうだ。

あれ、なんでこんな必死になっているんだ……?

スワイプして写真を見て、プロフィール欄を見て、まだ話の通じそうな子をいいねする。

そこからいいねを返してくれた子と何ターンかやりとりを返して、としているうちにシオリという女の子と深くやりとりを返すようになった。

「"会いたいです"……ねぇ」

意図も容易く男を誘い出す言葉を送信してくるくせに、がつがつとトークを返してくるわけではない。仕事終わりの時間を聞かれるままに答えると、俺が送ったメッセージに対する彼女からの返信はその時間を過ぎてから「お疲れ様です」を皮切りにメッセージを送ってくる。この子は一体どんな子なんだ。

いきなり会おうはさすがにぶっ飛ばしすぎ。

そう思って通話を誘ってみた。

「10分だけ通話しませんか……ってこんな文送ってるとか知り合いに思われたくないな」

 

初めて通話したときのシオリは緊張なのか強張っていたのをよく覚えている。

ほぼメッセージのやりとりをしていないうちに"会いたい"って送ってきたくせになんなんだ。

「緊張してんの?」

「だって、……こんな風に通話するの、初めてなんです」

「会ったりするのは結構してんの?」

「うっ、それは……まだ。したことないです」

へーーー………いや、

「警戒心なさすぎでしょ」

心の声が思わず漏れる。

「……始めたての時に、写真ちょうだい?とか会える?っていうメッセージに戸惑ったら、すごい剣幕で怒られて……だから、ちゃんとしようと思って……」

とんでもない男もいたもんだな。

いや、俺も写真ほしいって言うお願いをするようなやつだから人のことは言えない………

「へー………ちなみに俺も写真ほしい」

「えっ!!!!?」

「ていうか、聞いてほしいお願いがあって」

俺がこのアプリをやるようになった経緯を話すと、彼女は交換条件を出してきた。

「一晩一緒に過ごしてもらえませんか」

………はいー、

「警戒心なさすぎ。大丈夫?」

「実は、……最近夜、ひとりじゃ寝れなくて。話し相手になってくれませんか?」

「……じゃあ、しばらく毎晩通話しよう。それで、話しを聞いて会ってみたくなったらまた口説いて。俺のお願いもその時に聞いて」

「くどっ、」

「だって、会いたいですなんてキラーワードじゃん?」

「〜〜っ」

彼女の言動を改めて言葉にすると、羞恥心で息を呑むのがスマホ越しにも伝わった。

 

それから10日ほど毎日通話をして、わりと彼女の話し方、考え方が気に入ってきた頃にその日は突然やってきた。

「ナオ、あとどれくらいで着く?」

自宅に帰宅、21時を過ぎた頃、震えた声の彼女からの突然の電話。

確か今日は友達と飲みに行くから通話はできないと断られた日で、だからこそ会う約束なんかしてないけど。

予定をしっかり立てて割り切り上手な彼女がこんなイレギュラーなこと、無意味にやらないと言い切れるくらいには関係を築いたつもりだ。

「わりー、今会社出たとこ。どこいる?すぐ車飛ばすし、人目につくとこいろよ」

明日朝から直行で客先とか、彼女のいるだろう街まで片道どれくらいだとか、そんな現実的な考えに至る以前に家を出てしまうほど、俺は会ったことのない彼女に溺れていた。

周りに誰がいるかも分からない状態だからとりあえずメッセージに位置情報飛ばして、と伝えたら彼女はものの数秒で送信してきたその場所は自宅から車でわずか20分の距離。

彼女、この辺の住まいじゃなかったよな……

と、思いながら車を走らせて、近くなったところで通話をする。

「どこ?」

「えっ……と、駅前のコンビニ」

「ひとり?」

「……誰かにつけられてるみたいで」

「は?!」

まじか。ストーカーかよ。

「心当たりは?」

「……さっき、友達と遊んでた時に、ナンパしてきた人に似てるっぽい。友達がきっぱり断ったけど、なんか、それがよくなかったのか…」

「友達は?」

「帰りの方向違うから、地下鉄改札前で別れて。私だけ……」

なるほど。どっちか1人になるタイミングを待ってたわけ。

「もう着いた。コンビニ目の前停めてる黒のな。通話切らずにそのまま出てこいよ」

そう言いながら自分も車外へと出て、助手席側に回る。

さて、彼女は一体どんな子なのか---

「シオリ」

受話器越しに呼んだ声が届いたのか、はたまた地声がそのまま届いたのか。

俺の目の前にぱあっと明るい表情を見せて「なおっ」と呼んだ女の子は好みどストライクだったのだ。