「昼間の女の子、おまえの友達?」
まだ夕方と言っても過言ではない午後6時、彼とこの時間に会うのは初めてだ。
見慣れた車種に、少し緩めたネクタイ。
オンモードの片鱗が見えるほぼオフのナオ。
私を家の近所まで迎えにきてくれた彼の愛車に乗りこんで5分ほど。
ストレートに彼は昼間のことを話題にしてくる。
「……んー、まあ、ともだち……」
結局みなみのメッセージには既読だけつけて、返信はしていない。
長々と書かれていたが要約すると恭介たぶらかすな、返せって内容だった。
「即答できない関係はトモダチって言わねぇぞ」
「…そうだね」
ナオのストレートな物言いに、限界が緩んだ。
「好きだったサークルの先輩の、今カノ」
すごく、好きだった人の。
ほろり、ほろりと、言葉が溢れる。
「へー……ほんとに修羅場だったんだな」
「だから店内入るのが嫌だったの」
「で?昼の感じだとおまえはその先輩と付き合ってたと?」
「…うん。去年の夏休み、告白して、おっけーもらって、誰にも内緒で1か月だけ。私がフラれちゃった。気づいたら、みなみと付き合ってて、彼と彼女の仲はサークル公認だった」
1年生の夏の思い出は、静かな夜道を一緒に歩いたこと。デートと呼べるのはお別れを告げられた日に行った水族館。1か月と言っても毎日会っていたわけでもなく、実質1週間ほどだ。
8月の夜6時はまだ夕焼けが残っていたのに、クリスマスが近づく現在はそんなかけらも見えず、すでに真っ暗だ。
窓から見えるのは飲食店の電光看板。見慣れない土地。
彼は「ドライブ」と一言で片づけて車を走らせている。
本当に気分転換に連れ出してくれているようだ。
「おまえ、その先輩とまだ繋がってんの?」
「ううん。サークルやめたし、…あ。学科が同じだから、同じ選択必修の授業はとっているけど」
「メッセージは?」
「え?」
「アカウント、ブロックした?」
「……してない。昨日、“おまえと話したい”って連絡がきて、未読無視してたら今日学内で遭遇しちゃった」
「へぇ、そりゃまた不運な」
「やり直してほしいって言われた」
「……やり直す気はあんの?」
「…わかんない。吹っ切れてないところもあるし、好きで自分から告白した先輩だったから、揺らいだ自分もいるけど、でもサークルの仲間のこと考えて面倒だなって感じる気持ちが大きい」
「まあ、そりゃごもっとも」
「……ナオは、あるの?」
「ん?」
「痴情のもつれ」
「ぶっは」
「?!」
突然大爆笑するナオに驚きを隠せない。
え、どこに吹き出す要素あった?
え、とりあえずハンドルしっかり握って。
「おっまえさー……ぶふっ ほんとおもしろい。かわいい。合格」
「え?」
緩やかにブレーキがかかる。
前方の信号は黄色から赤へと色を変える、と。
「っ、」
彼の左手に吸い込まれ、触れるだけのキスをしていた。
「おまえさー、ほんと俺のツボなんだわ。言葉のチョイスにしろ、所作にしろ、自分から割り切ってくるところ」
「は?」
褒められている気がしない。
「かわいいってことだよ」
「は、っ…?!」
彼から目を見て、そんな口説き文句を囁かれたのは初めてで、照れる一方私は今からこの人に何か騙されるんじゃないかと冷や冷やした。
「元カレどんなやつ?」
「…ぶっきらぼうで不器用。だけど視野が広くて、全体を見渡してて、影からこっそりサポートしてくれる人。目立つことは好きじゃない人」
「へー……めっちゃのろけるじゃん」
「…だって人生で初めて自分から告白して付き合えた人だもん」
「はじめてのおとこは俺のくせに?」
「っ、うるさい!」
「はは、かわいいかわいい」
っ、!また!
さっきから語尾のようにかわいいを連呼されて落ち着かない。
「ねぇ、これからどこ行くの?ホテル?」
「おれの家」
「え?」
「だから今日は寝たいって言っただろ」
適当にドライブしているかと思いきや、ちょうど車はETCレーンを通って、高速道路へ。
えっ
思考が追いつかないまま大丈夫か?という言葉で脳裏が埋め尽くされる。
いくら、幾度か関係を持ってきた相手とはいえ、家に……しかも高速道路を走る距離………
「シオリ」
「え、はい!」
「助手席前のグローブボックス開けて」
「はい!開けました」
「んで、黒い名刺ケースない?」
「あります!」
「その中から1枚出して」
「1枚?」
脳内処理が追いつかない状態で言われたままに、手を動かすと、名刺ケースの名の通り、名刺が十数枚入っていた。
「読み上げて」
「えっ、"株式会社ファースト 営業部 一課 北条直也"……え??」
「それ、俺の名刺な。1枚持っとけよ」
え、?
彼の名前は北条直也と言うらしい。
下段には会社の代表電話番号、そして彼に繋がる個人携帯番号とアットマーク以降に社名が入ったメールアドレスが記載されている。
「どうして急に……」
「まあ、自分の家連れていくからには身元はっきりしておこうと思って。ちなみに偽造じゃないぞ。調べたら会社のホームページ出てくるし、何なら俺は次の新卒採用サイトに顔出しで出ている」
「えっ」
「それでシオリが少しでも俺のこと信用して安心してくれたら嬉しい。あと20分もあれば高速降りるし、暇つぶしに調べてみろよ」
言われるままにスマートフォンを取り出して、ネット検索欄に先ほど読み上げた社名を入力する。
検索を押すと、―――出てきた。え、一部上場企業?え、え、え?
彼の言う、採用情報ページをクリックすると、いきなりトップに複数人の顔写真が表示されて、その中の1人に爽やかな笑顔を浮かべた彼がいる。先輩の声のページをクリックすると、―――営業部 北条直也のページが。
「えっ いる!!!」
「ふはっ本当にリアクション面白いな」
「……こういうところに顔出してるのに、アプリやってたの?」
「いや顔写真出たのは最近。来春入社の子たちの採用はもう終わってるから、その次の今の3年生向け……シオリの1つ上の学年対象のページな」
「なるほど……」
「それに、俺はこういう出会い方してるのおまえだけだから」
「えっ」
思わず彼の方を振り向くと、「次のインターで降りるから」となんてことない顔で告げられた。