星が降り注ぐ午前2時 ②

「なんだぁ?そのブサイクな顔」
時刻は22時を回っていた。運転席に座る彼は私服。一度帰宅して着替えてくれたらしい。
「今日小テストがあって疲れてるのー。また来週も別の授業に中間試験があるしー」
だから、と理由を助手席で車内に流れるBGMを選曲しながら答えた。
「いい気味だな。大学生しっかり勉強しろ」
「うるさい社畜
社畜じゃねーよ。ただの社会人だ」
――――彼について私が知っていることは数少ない。
名前はナオ。本名かどうかは知らない。
性別は男。同性だったら会ってない。
年齢は25歳。私より5歳年上。
職業は会社員。営業っぽいことをしてるって。
喫煙者。好きな銘柄はメビウス
「つうか、なんでおまえ今日タイツなの」
「もう11月だよ?寒いからに決まっているじゃん」
「ニーハイは?」
「寒いからイヤ」
「ニーハイは?」
「短いの履くのは寒いからイヤ」
あ、あとこの男は脚フェチだ。
ニーハイが特に好きらしい。変態だ。
「俺がこの前買ったニーハイ履いたときは“意外とあったかい!”って言ってたじゃん」
「それはその日ミディ丈のスカートだったから」
「ミディ丈ってなに」
「……膝が隠れるくらいの丈。この前の、ベージュのやつ」
「……あー、あれね。はいはい」
分かった分かったって言うけれど絶対分かっていない。
以前私と会ってから今日まで、他に何人の女の子を抱いたのか。
「おまえ、あれから誰かとシた?」
“あれから”は彼と最後に会って以降。
「生理だったからしばらくしてない」
「じゃあ久しぶりか」
「そーそー」
「よし、ドンキでニーハイ買っていくか」
「っ、は?!」
予期せぬ言葉に間抜けな声が出る。
そこまでニーハイが好きなのか……
「ニーハイ買っても、今日のスカートの長さと合わないよ」
今日のスカートはボルドー色の膝上スカート。だけれども、ニーハイが履けるほど短い長さではない。
「下着姿にニーハイも好きだし」
「……えっち!!」
「そうだよ、知ってるだろ」
「……知ってる!!」
彼と出会ったのは、スマホのチャットアプリだった。

いわゆる出会い系と呼ばれるものだろう。
誰がそれをどんな風に使おうが、結局は自己責任なわけだから責任のとれる範囲で本人の好きなように使ったらいいと私は思う、からこそ私は自由に使っている。
彼以外の男とも何度か会った。ホテルに置き去りにされたとか、まあまあ痛い目に遭ったこともある。
そんな中で、こういうことを始めた5ヶ月前の夏休みから長く定期的に会っているのは、この、ナオという男だけで。
必要以上の関係にはならない。お互いの求めている行為をするための、都合のいい関係。
それ以上を望まない、楽な関係だ。
今日も彼の前で私は“女”になる。


「っ、」
げ。
シャワーを浴びて濡れた髪をタオルドライしながらベッドの上で、先ほどから何度も振動していたスマホを確認した自分の顔があからさまに引きつったのが分かった。

「おいまたブサイクな顔してんぞ」

「……」
すぐに私の表情の変化に気づいた彼の言葉に返す余裕もないほど、私のスマホには見たくもない差出人からのメッセージが届いていた。
どうしたものか。通知画面では途中までしか読めないし、でもこのメッセージ長文っぽいし……でも既読はつけたくない。でもこれは、返さなきゃまた面倒なことになる。
「―――シオリ」
「っ、きゃっ」
耳元で名前を呼ばれて、ぞくりと体が跳ねる。
さっきまで少し離れたところで煙草タイムだったくせに、気づいたら距離を詰められていて。後ろから抱きしめられる体勢。
「煙草吸ってたんじゃないの、」
「吸い終わった」
「……煙草おいしい?」
「どうだろな」
腰にあてられた右手が半周して手前に回されたかと思うと瞬時にぎゅっと引き寄せられ、彼との距離はもう数ミリ。
「……なに、」
「もういっかいしていい?」
「……さっきした。明日も仕事だし帰らなきゃいけないでしょ」
「うん。だから早くしよ」
「……」
黙って彼の背中に手を回すのが合図。
ああ、また私は快楽に溺れる。

名前はナオ。性別は男。年齢は25歳。
職業は会社員。喫煙者。好きな銘柄はメビウス。あ、あと脚フェチ。
それだけしか知らない彼に、抱かれる夜が私は好きだ。

 

 

 

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